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アルチンボルドの四季の絵番外偏先週フィレンツェよりウィーンに旅行に行きました。フィレンツェからなら飛行機で1時間15分ほどで着いてしまいます。そこでウィーン美術史博物館に行ったのですが、どこかで見たことある絵がありました。ジュセッペ・アンチ...
03/08/2026

アルチンボルドの四季の絵

番外偏

先週フィレンツェよりウィーンに旅行に行きました。フィレンツェからなら飛行機で1時間15分ほどで着いてしまいます。そこでウィーン美術史博物館に行ったのですが、どこかで見たことある絵がありました。

ジュセッペ・アンチンボルドが描いた一連のちょっと変わった(四季)のうち夏と冬、そして(4大元素)の水と火です。

彼はイタリア、ミラノ出身の画家でしたが、ハプスブルグ家の為に働き、画家としてだけでなく、宮廷の装飾や衣装のデザイン、お祭り事のオーガーナイズ等も行っていました。彼がこの作品を制作したのは、ウイーンのハプスブルグ家皇帝マキシミリアン2世の宮廷で公式肖像画家として活躍していた時期でした。ザクセン選帝侯アウグスト1世の贈り物として、これら四季の絵4点の絵画を彼に制作させたのです。パリのルーブル美術館には彼自身が描いたコピーが在りますが、オリジナルについてはこの2枚のみがウィーンに残っています。また水と火もオリジナルになります。

植物、果物、野菜等をパズルのように組み合わせた面白い、そしてちょっとグロテスクな作風ですが、見たら忘れられない絵です。

#ウィーン  #ウィーン美術史博物館  #アンチンボルト  #四季の絵 

マルゲリータ・ルイーザ・ボルボーネ=オルレアンストスカーナ大公コシモ3世の妃。1645年にフランスで、ガストン・ドルレアン公(フランス王アンリ4世とマリア・ディ・メディチの三男}とマルグリット・ロレーヌの娘としてブロワ城で生まれました。 元...
12/05/2026

マルゲリータ・ルイーザ・ボルボーネ=オルレアンス

トスカーナ大公コシモ3世の妃。1645年にフランスで、ガストン・ドルレアン公(フランス王アンリ4世とマリア・ディ・メディチの三男}とマルグリット・ロレーヌの娘としてブロワ城で生まれました。

元々は彼女は従弟のシャルル5世レオポールと結婚したかったのですが、政治的な目的でメディチ家のコシモ3世と結婚することになります。

ただこの結婚はとても難しく、パリの洗練された宮廷になじんでいた彼女にフィレンツェは田舎で夫のコシモとトスカーナを最初から徹底的に嫌っていました。また義理の母であるヴィットリア・デッテ・ローベレとも馬が合いませんでした。それでも夫婦の間には3人の子供が生まれています。

ルイ14世はフィレンツェにマルセイユの司教を夫婦仲を取り持つために仲介に送りますが、無駄に終わってしまいました。

またシャルル5世レオポールの事が忘れられないせいか、コシモ3世との間に喧嘩が絶えなかったと言われています。その為ポッジョ・ア・カイアーノへ引きこもります。ここで小さな宮廷を作り、乗馬、狩り、美食、音楽、ダンス、演劇等に情熱を傾けました。

最終的にルイ14世の許可が出て1675年に彼女はフランスに戻り、二度とフィレンツェには戻って来ませんでした。コシモ3世は彼女に生活費を送り続けます。

最初の予定ではモンマルトルの修道院で静かな生活を送る予定でしたが、夫の監視に耐えられず、最後はパリにある贅沢な宮殿に自由に過ごしています。1721年に脳梗塞で亡くなりましたが、最後まで自由奔放な女性でしたね。

#イタリア大好き  #フィレンツェ小話  #メディチ家  #マルゲリータルイーザドルレアン  #旅行好きな人て繋がりたい  #最後のメディチ家  #トスカーナ大公妃 

今日は国際女性デーですね。女性の日は女性の政治的自由と平等、権利の確保の為に行動する日で、国連が19757年に制定したそうです。美術館も今日は女性が無料になる所がたくさんあります。私の家の近くのレストランはなぜか日曜日ほとんどお休みだったの...
08/03/2026

今日は国際女性デーですね。女性の日は女性の政治的自由と平等、権利の確保の為に行動する日で、国連が19757年に制定したそうです。
美術館も今日は女性が無料になる所がたくさんあります。

私の家の近くのレストランはなぜか日曜日ほとんどお休みだったので、1日早くお友達と昨日の夜に食事してきました。

女性の日にはミモザを送る習慣がありますが、この頃に出てくるミモザケーキも美味しいです!

#女性の日  #フィレンツェ  #ミモザ  #旅行好きな人と繋がりたい  #トスカーナ 

ピサにある2枚のボッティチェッリの絵ピサの青い宮殿(Palazzo Blu)にて2月15日までボッティチェッリの絵が2枚展示されています。2枚の絵はエジプトへの逃避とマリアとキリストの絵で、1800年代の終わりにイタリアの古美術商が買い取り...
01/02/2026

ピサにある2枚のボッティチェッリの絵

ピサの青い宮殿(Palazzo Blu)にて2月15日までボッティチェッリの絵が2枚展示されています。

2枚の絵はエジプトへの逃避とマリアとキリストの絵で、1800年代の終わりにイタリアの古美術商が買い取り、その後フランスの博物館に収蔵されています。エドアール・アンドとその妻が芸術に大変情熱があり、フランスの彼らの博物館に展示されている作品です。

あまり知られていませんが、ボッティチェッリは1474年にピサに居て、大聖堂のラニエリ聖人の礼拝堂の装飾を依頼されましたが、結局は完成せず、ピサを去ってしまいました。

エジプトへの逃避はシンプルな描き方なので、当初はボッティチェッリの作品ではなく、元々は板絵に描かれていて、それをキャンバスに転写したと考えられていた為、画家の死後に制作されたのではないかとも考えられていましたが、現在はボッティチェッリ作とされています。ただ右側のヨセフは助手の手が入っていると考えられています。

#斜塔だけじゃないピサ #旅行好きな人と繋がりたい #ピサ #トスカーナ #ボッティッチェッリ 

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ピサ大学La Sapienza, サピエンツァとはピサ大学の古い名称の事ですが、ピサは大学の町としても有名です。このサピエンツァだけでなく、ピサ高等師範学校(ラ・ノルマレ)やサンタンナ大学など、小さな町に世界中から4万6千人の学生が集まって...
27/01/2026

ピサ大学

La Sapienza, サピエンツァとはピサ大学の古い名称の事ですが、ピサは大学の町としても有名です。このサピエンツァだけでなく、ピサ高等師範学校(ラ・ノルマレ)やサンタンナ大学など、小さな町に世界中から4万6千人の学生が集まっています。

このサピエンツァ宮殿は旧市街の真ん中にあり、現在は法学部と図書館があります。元々はメディチ家のロレンツィオ・マニフィコが1486年に穀物市場ああるところに建てたもので、ピサのあちこちにある学校をここに一つにまとめるために建てました。

ルネッサンススタイルの中庭にはピサ大学の教授の胸像がいくつかあります。

2012年にエミリア州であった地震により、この建物と図書館は一般には閉めて改修され、6年後の2018年に再オープンしました。その時に行われた考古学的発掘調査により、この辺りは紀元前8世紀のエトルリア時代までさかのぼる歴史があることが分かりました。そして10世紀から13世紀にかけて建てられた家屋、教会、墓地などの遺跡も残っており、その後14世紀の半ばに建設された都市の穀物市場の跡が出てきました。この穀物市場はその一世紀後、大学建築の為に一部壊されてしまいました。

大学の入口を入った所にはショーケースがあり、この時に出てきた遺跡のいくつかが展示されています。また中庭までは自由に誰でも入ることができるので、駅から斜塔の広場迄歩いて行かれる方は途中でよって見てくださいね。

#斜塔だけじゃないピサ #ラサピエンツァ #ピサ大学 #旅行好きな人と繋がりたい #学生の街 #ピサ #トスカーナ

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この祭壇画は、フラ・アンジェリコの最初期の作で、フィエーゾレのサンドメニコ教会の為に描かれたものです。その後1501年、ロレンツォ・ディ・クレディが、おそらく金地であった背景や、天蓋のある王座、柱の浮彫模様、 柱の間に見える2つの風景を描き...
23/01/2026

この祭壇画は、フラ・アンジェリコの最初期の作で、フィエーゾレのサンドメニコ教会の為に描かれたものです。
その後1501年、ロレンツォ・ディ・クレディが、おそらく金地であった背景や、天蓋のある王座、柱の浮彫模様、 柱の間に見える2つの風景を描き加えその際、画面上のゴシック様式の尖頂部も削除されてしまいました。

これは荘厳の聖母子でこの主題は当時、フィレンツェでとくに流行して描かれていました。 中央の聖母子は、小さく描かれた8人の天使たちに囲まれています。左から2番目は聖バルナバですが、彼だけはドメニコ会の修道僧ではありません。聖バルナバがいるのは、修道院の改修と増築に6,000フロリンを寄贈したバルナバ・デッリ・アッリ (Barnaba degli Agli) にちなんでいます。

裸の幼子イエス・キリストは2つの花を持っています。白いバラは純潔さの象徴で、赤いバラは受難のシンボルです。

この絵には裾絵 (プレデッラ) がついてしたが、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。またこの祭壇画の上にあったと思われる円形画はロナショナルギャラリーの所蔵となっています。

#フィレンツェ  #フィレンツェ小話  #旅行好きな人と繋がりたい  #フラアンジェリコ  #ドメニコ会  #宗教画  #トスカーナ 

ボーボリ庭園最も大きくエレガントなイタリア式庭園で、45000平方メートルあります。ここは貴族と君主の為に作られた快楽の庭園。君主達は自分の庭から自分の収めている街を見ることが出来ました。元々はボゴリと言う名前の土地があり、ここに一種の菜園...
28/10/2025

ボーボリ庭園

最も大きくエレガントなイタリア式庭園で、45000平方メートルあります。ここは貴族と君主の為に作られた快楽の庭園。君主達は自分の庭から自分の収めている街を見ることが出来ました。

元々はボゴリと言う名前の土地があり、ここに一種の菜園を作ったのが始まりです。

1549年、大変裕福だったコシモ一世の妻、エレオノーの持参金によりここにあった建物と空き地を買い取り、ただの立方体であった建物を宮廷風に改造し、建物の後ろに噴水や彫刻に満ち溢れた庭園を作らせました。設計者はトリボロです。

この庭は一年中緑です。これは偶然ではなくて、メディチ家の支配している国が、この緑のように
生き生きしているという意味でもあります。イタリア式庭園としてはこれが最初の物の一つです。
砂利を敷き詰めた道や小道によって網目状に分かれていて、この1つ1つの区分がシンメトリック
な花壇で囲まれたりしています。

メディチ家の時代には迷路もあり、高いトキワガシなどのいつも緑色をしている木で高い塀を作っ
て、丸い輪を何重にも描いたように作られていました。ここではお祭り、ゲームなどが行なわれ、
人をびっくりさせるような動物の彫刻もありましたが、1834年、ロレーヌ家の時代に壊されてしまいました。
@
動物の水飲み場だったと言われる噴水には面白い顔を下動物の口から水が流れだしています。

天気の良い日に是非行ってみてください!

#イタリア大好き  #旅行好きな人と繋がりたい
#フィレンツェ  #ボーボリ庭園  #フィレンツェ小話  #イタリア式庭園  #トスカーナ 

21/09/2025
番外編ノルウェーのフィヨルドノルウェーに旅行したので番外編です。クルーズ船から、または起点の街から出る船から沢山のフィオルドが見えました。フィヨルドとはノルウェー語で「深く入り込んだ湾」という意味。氷河による侵食作用により形成された深い湾の...
11/09/2025

番外編

ノルウェーのフィヨルド

ノルウェーに旅行したので番外編です。
クルーズ船から、または起点の街から出る船から沢山のフィオルドが見えました。

フィヨルドとはノルウェー語で「深く入り込んだ湾」という意味。氷河による侵食作用により形成された深い湾のことです。

ノルウェーの最大のフィオルドはなんと204キロメートルもあるそうです。
 
街並みも色々な色の家だ立ち並びとても綺麗です。

しかし北欧の難点は物価が高いこと。レストランでFish and chipsを食べたら美味しかったけど30ユーロでした。

#ヨーロッパ大好き  #旅行好きな人と繋がりたい  #ノルウェー  #フィオルド  #クルーズ  #北欧  #自然の中にいたい 

Indirizzo

Firenze Pisa
Florence
50100

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